奈良地方裁判所 昭和25年(レ)3号 判決
被控訴人並に参加引受人は何れも控訴人に対し奈良市法華寺町一千三百七十四番地の四所在木造瓦葺二階建住宅一棟建坪二十七坪二合二勺二階坪十坪五合八勺附属木造瓦葺平屋物置一棟建坪約一坪を明渡すこと。
訴訟費用は第一、二審を通じて之を被控訴人参加引受人の連帶負担とする。
二、事 実
控訴代理人は主文第一、二項同旨及び訴訟費用は第一、二審を通じて被控訴人の負担とするとの判決を求め、被控訴代理人並参加引受人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の主張事実は控訴代理人に於て、
(一) 被控訴人並に其の妻である参加引受人等は控訴人に対し、原審に於て主張した事実の外後述の如き言動を爲して賃貸借契約の義務を誠実に履行する意思のない行爲を繰返し、控訴人の一家族を恰も仇敵の如く憎惡して危害を加えて居り、かくては控訴人として被控訴人並に参加引受人との本件家屋の賃貸借関係の継続に堪え得ないところである。かゝる被控訴人並に参加引受人等の信義誠実の原則に反する行爲に出ずる場合には借家法第一條の二の所謂賃貸借の解約申入をなすにつき正当事由ある場合に該当する。即ち(イ)昭和二十三年一月中旬頃本件家屋の屋根が雨漏するとのことで控訴人の夫杉本與市が被控訴人に應えた上で修理しようとして同家に赴いたところ、参加引受人は無言のまゝ故意に手荒く玄関の硝子戸を締め立てたので同人は仕方なく梯子をかけて修理した、(ロ)昭和二十五年四月十七日被控訴人並に参加引受人は控訴人現住居宅と被控訴人方居宅(本件家屋)との前面の共同の排水溝を故意に土砂を以て埋め、高位置にある控訴人居宅の方から自然に流出する下水を阻害して控訴人方の屋敷内に浸水せしめようと企てゝあつたので、右杉本與市が鍬で右排水溝を掃除し、更に被控訴人居宅の棟瓦が落ちかけているのを認めて修理しているのに対し参加引受人が表道路より「馬鹿野郎裁判に負けてくやしいかヒイヒイ」と嘲笑を以て罵言を浴せ、(ハ)同年九月三日のジエーン台風の際被控訴人方の屋根が大破したゝめ、同月十二日前記杉本與市が折からの雨中を全身ずぶ濡れになり屋根を修理していたのに対し、参加引受人は同人の下りるのを妨害して梯子を外し、更に被控訴人の二女篤子当二十四年も加わり同人に対し「人の家の屋根え無断で何しに登つたのかこの薄馬鹿親父奴」と罵言を浴せ、(ニ)参加引受人は前記台風により剥れた本件家屋の壁板を無断で薪として使用するとともに風の爲に落ちた樋を排水溝中に埋め、(ホ)最近に至つては参加引受人及びその家族は控訴人居宅に対して石や棒を投げつけて暴行するに至つている。
(二) 被控訴人等が拒否したゝめ、もはや当審では被控訴人及びその家族等の轉宅のため提供し得る家屋は存在しないが、被控訴人等が他に住居を見付けるまで便宜上一時的に控訴人の現住家屋を被控訴人等の居住のため提供する用意があると述べた外は原判決事実摘示と同一であるから之を引用する。
参加引受人は、被控訴人は今尚畝傍御陵に勤務するも畝傍町に居住するか大阪府下茨木方面に居住するか不明である。時々本件家屋に帰來することがあるも宿泊したことがない。何れにするも参加引受人及び其の家族は目下引越先が見当らぬから控訴人の請求に應ずることが出來ないと陳べ被控訴人の主張事実を援用した。
<立証省略>
三、理 由
控訴人が昭和二十三年一月十五日訴外梅尾芳昭から同人所有に係る控訴人主張の本件家屋を買受けて同年五月五日その所有権移轉登記を了したこと並に被控訴人等は控訴人の右買受け以前より右梅尾芳昭から家賃金一ケ月につき金三十円の約定で期間の定めなく賃借の上当時その妻である参加引受人外五名と共に同家屋に居住していたことは当事者間に爭のないところであるから、控訴人は右家屋に関する被控訴人及び右梅尾間の賃貸借関係を承継したものと言うべきである。而して前記昭和二十三年一月十五日控訴人より被控訴人に対し自ら使用することを必要とする旨を告げて本件家屋の賃貸借の解約申入をした事実はいずれも当事者間に爭がない。そこで果して右解約申入が所謂正当事由を具えているかどうかの点につき審按するのに原審証人杉本與市(第一回)当審証人中瀬古をそうの各証言並に成立に爭ない甲第一号証右中瀬古の証言により眞正に成立したと認められる甲第二号証同第三号証の一、二及び当審に於ける檢証の結果を綜合すれば、控訴人は昭和二十年六月頃以來大阪から疎開して右家屋の東隣の控訴人現住家屋を右梅尾芳昭から賃借して之に居住していたが、右梅尾芳昭からしばしばその居住家屋の買取方の依頼を受け、控訴人としては丁度大阪の住家を失つた矢先の事とて買受方を希望したのであるが、右梅尾は家計の都合上被控訴人等居住の本件家屋と共に二軒を一括して賣却したい意向であり、一方被控訴人方に於てはその居住家屋の買受方を拒絶したところ、偶々控訴人の夫の妹中瀬古をそう(その夫及び子女共七人暮)が昭和二十年六月神戸市で戰災のためその住家を燒かれ、控訴人の夫である訴外杉本與市の経営する奈良縣吉野郡十津川村の鉱山事務所に疎開していたが、右事務所は所有者である訴外中島桂が他に賣却する都合上明渡を求められ止むを得ず近所の訴外東武晴の好意により一時同家二階八疊一間に寓居することを得たが、同家も又昭和二十二年以來右東武晴から明渡の請求を受け、右中瀬古家としては進退に窮し控訴人方に援助を求めていた際の事であつたから、控訴人はその現住家屋を右中瀬古家に提供しそれよりも廣い本件家屋に移轉すべき意図の下に本件家屋を買入れたこと、控訴人現住家屋は玄関二疊台所三疊座敷六疊二間三疊一間の計五室二十疊に当年七十六歳の老母、夫、長女二十四歳長男二十一歳大阪高等工業学校生二男十八歳奈良育英中学校生三女十一歳奈良市佐保小学校生三男九歳及び控訴人の八名が居住し、その上前記中瀬古家七名は十津川の仮寓にあつて不便この上なく、且は借り受けの際の情義もあつて一日も早く東家の部室を明渡さねばならぬ窮状にあり、一方被控訴人家では控訴人現住家屋と部室数間取は全く同一であるが疊敷にして約四疊半廣い五間計二十四疊半に從來被控訴人、同人妻かつ(参加引受人)と兒女五人の七人暮であつたが、被控訴人は畝傍町の陵墓に勤務していたところ昭和二十五年五月二十二日離婚家事調停申立の結果同人妻と別居することゝなり、右時日以降は本件家屋に居住せずその長男も同年六月一日頃から他所に居住して現在同家には参加引受人と四名の兒女が居住しているのに過ぎないことが認められる。考えるに総べて権利の行使及び義務の履行については信義誠実の原則を守るべきことは勿論であるが殊に賃貸借関係の如き継続的関係に於ては債権者債務者相互に此の原則の遵守を要求せらるゝことが切実である。尚又我国現時の如き住家の逼迫せる社会状勢にあつては、家主及び借家人は互に多少の不便不利は之を忍び互讓の精神を以て相互の幸福を図るべきものであつて、自己の利益を図ることのみに專念して相手方の福祉を無視するが如きことは許さるべきものでない。借家法第一條ノ二に所謂正当の事由の存否の問題も此立場に於て解釈すべきものであると云うべきである。そこで飜つて本件についてみるに原審証人杉本タツ原審(第二回)並に当審証人杉本與市の各証言に徴すると、参加引受人等は控訴人の家族に対して昭和二十三年夏頃以來控訴人家で植付け置いた稲の上に態と塵芥を投棄したり、控訴人の老母に泥土を蹴りかけ或は控訴人の幼い兒女を路上に顛倒さす等の強暴の言動があり、昭和二十五年四月十七日には被控訴人並に参加引受人は控訴人の居宅の方から自然に流出する排水を阻害して、控訴人の屋敷内に浸水せしめようと企てゝ故意に土砂を以て控訴人居宅と本件家屋の前面の共同の排水溝を埋め、又被控訴人居宅の屋根瓦を修理していた控訴人の夫に対して参加引受人は表道路より之に嘲罵の言葉を浴せ、同年九月三日ジエーン台風の際に大破した被控訴人方の屋根を修理中の同人に対して参加引受人は梯子をはずして同人の下りるのを妨げ、更に被控訴人二女篤子と共に再び屋上の同人を嘲罵し、更に参加引受人は前記台風により剥れた壁板を無断で薪として使用する等の事実があることを認めることが出來る。そうして被控訴人並に参加引受人は移轉先がないことを理由に明渡を拒むのであるが、原審証人杉本與市(第二回)の証言並に同証人の証言によりその成立の眞正なることを認め得る甲第五、六号証によれば、控訴人は被控訴人との再度の話合の結果同人等に対し奈良市高畑町八百六十九番地の二所在訴外米沢武治所有の住宅の一部である四疊半一間三疊二間台所共用の住宅を相当の犠牲を拂つて家賃金一ケ月金三百円にて借り受け、昭和二十四年五月六日右訴外人の承諾のもとに之を被控訴人に提供したことを認めることが出來る。被控訴人並に参加引受人は右住居は居住に適する状態になかつたと爭うがその点に関する被控訴人の立証なく控訴人の前示証拠に徴すると右家屋は本件家屋に比して相当狹隘であることは免れないまでも、現時の住宅事情を以てすれば参加引受人と四名の兒女の起居には必ずしも不向となすを得ないことを認めることが出來る。又本訴提起前である昭和二十三年四月二十一日控訴人は被控訴人に対し本件家屋の明渡を求むる調停の申立を爲したが、同年七月五日調停不調に了つたことは当事者間に爭のないところである。更に本件記録によれば原簡易裁判所に於ては判事單独又は司法委員の補助を得て八回に亘る続行期日を重ねて和解に努めたが、被控訴人は其の大部分の期日に出頭しなかつたゝめ結局和解は不調に帰したものであることが認められる。当審の和解期日に於ても再度の呼出によつてようやく参加引受人のみが出頭したが、被控訴人等が轉居先のないことを慮つた控訴人が一時控訴人の現住家屋を参加引受人等の居住の爲に提供してもよい。茲に二年位の間に轉居先を見つけて明渡をして貰いたいとの好意ある申出に対しても一顧だに與えることなく之を一蹴し、爲に和解は再び不調となつた。又前記調停の申立のあつて以來三ケ年に垂んとするに拘らず被控訴人及参加引受人等に於て其の間移轉先を物色したるが如き形跡すら認めることが出來ない。以上の事実を綜合して考えるに控訴人側は出來得る丈の隠忍、讓歩をして來たに拘らず、被控訴人並に参加引受人は些細の誠意をも示すことなく却つて賃貸借契約の基礎たる相互の信頼関係を破壊する如き強暴なる言動に出て自己の利益のみを頑強に主張して相手方の利益を無視するものであつて、信義誠実の原則に背反するものと云うべきである。被控訴人は他人が居住することを知つて家屋を買入れたものは該家屋の賃貸借の解約申入を爲すにつき正当の事由を有しないものであると抗爭するけれども、それは單に解約申入の正当性を考慮すべき事情たるに過ぎず絶体的に解約権を奪うものでなく、具体的の事情を衡平に考慮して正当事由の有無を判断すべきものであることは叙上の通りであるから右主張は採用し得ない。そうして右解約の申入のあつた後六ケ月の期間は夙に経過せること明白であるから本件賃貸借は既に消滅に帰したものと云うべきである。そうして参加引受人は離婚家事調停事件に於て昭和二十五年五月二十二日被控訴人と別居する旨の話合が成立し爾來被控訴人は本件家屋に居住せず、参加引受人は其の子女と共に右家屋に居住するものであることが前記認定の通りであるから被控訴人の地位を承継したものと云うべきである。從つて被控訴人及び参加引受人は控訴人に対し本件家屋を明渡すべき義務あることが明瞭である。仍て民事訴訟法第三百八十六條により原判決を取消し控訴人の本訴請求を総べて認容し、訴訟費用については民事訴訟法第八十九條第九十六條第九十三條を夫々適用して主文の通り判決する。
(裁判官 小林定雄 坂口公男 中村一作)